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「便移植」が開拓する新たな治療戦略

「便移植」が開拓する新たな治療戦略

「便移植」が開拓する新たな治療戦略

この記事のポイント

 

抗生物質の服用が原因で、クロストリジウム・ディフィシル感染症という重篤な病気にかかることがあります。これは腸内細菌バランスが崩れて、腸の中でクロストリジウム・ディフィシルという悪玉菌が急増することで引き起こされる病気です。

 

クロストリジウム・ディフィシルの顕微鏡写真

(参照:ヤクルト中央研究所 菌の図鑑

 

CDIに対する新たな治療法として「便移植」があります。これは、「健康な人のうんち(=腸内細菌)を患者の腸の中に移植する」という驚きの治療法です。

 

2013年にこの治療法の有効性が示されて以降、便移植は世界中に広まりました。そこで今回は、便移植について復習した後、便移植に対する患者の考えや医療機関などの取り組みを紹介します。

 

※ クロストリジウム・ディフィシル感染症(Clostridium difficile infection)は「CDI」 と略されるので、この記事でもそのように略します。

 

 

クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)には「便移植」が有効

CDIに対する従来の治療法は、バンコマイシンやメトロニダゾールなどの抗生物質の投与でした。しかし、その治癒率は約50%でした。

 

また、CDIは一度治癒したように見えても再発することがあります。そして、再発後はこれらの抗生物質による治癒率は約30%まで下がってしまいます。このように、従来の治療法ではあまり満足できる治療成績は得られていません。

 

一方、「便移植」は従来の治療成績を凌駕する圧倒的な治癒率を示すことが証明されています。再発したCDIに対して、便移植はなんと90%の治癒率を示したのです

 

各治療法の治癒率の比較

N Engl J Med, 2013, Vol.368, p.407の図を一部編集)

 

そのため、便移植の有効性が示された2013年以降、この治療法は世界中の医療機関に広まりました。

 

日本も例外ではありません。国内にあるいくつかの大学病院では、CDIだけでなく、潰瘍性大腸炎、クローン病、過敏性腸症候群などの病気に対しても便移植が応用されるようになったのです。

 

潰瘍性大腸炎やクローン病は厚生労働省が指定する特定疾患(≒難病)です。もし便移植がこれらの疾患に有効なら、これらの病に苦しむ数多くの患者さんを救うことができます。

 

このように、便移植は医療従事者に大変期待されている治療法なのです。

 

 

便移植に対する患者の考え

あなたは「便移植」と聞いてどのような印象を持ったでしょうか? 「信じられない」「汚い」「気持ち悪い」と感じた人も多いと思います。私も最初聞いたときはそのように思いました。

 

しかし、先程も述べたように、この治療法はCDIに対して驚異的な治療成績を示しています。この事実を考えると、「汚い」とは言っていられません。CDIは死に至る可能性のある怖い病なので、患者さんにとって「便移植」はとても重要な治療法なのです。

 

実際、米国で行われたアンケート調査からも、この治療法に対する期待の高さが伺えます。

<米国でのアンケート調査>

  • アンケートの対象は400名のCDI患者
  • 15%の患者が「従来の抗生物質を用いた治療」を希望
  • 85%の患者が「便移植による治療」を希望
  • 便をカプセルなどに包んで飲めるようになれば、90%の患者が「便移植」を希望
  • 主治医が便移植を推奨すれば、94%の患者が「便移植」を希望

(参考文献:Clin Infect Dis, 2012, Vol.55, p.1652

 

このアンケート結果から、CDI患者は「従来の抗生物質による治療に満足していない」ということと「便移植に期待している」ということが読み取れます。

 

ただ、「汚い」とか「気持ち悪い」という考えも理解できます。そこで、このような心理的な負担を軽減するために、医療機関や製薬会社が行っている取り組みを紹介します。

 

便移植に関する医療機関の取り組み

便移植の手順を簡単に示すと以下のようになります。

<便移植の手順>

  1. 健康な人の便50〜200グラムに生理食塩水を混ぜる。
  2. フィルターでろ過して固形物を取り除く
  3. 得られた液体を、経鼻チューブなどを使って腸に注入する。

 

(※ 経鼻チューブとは鼻の穴から入れる細いチューブのことです。チューブの先端は喉、食道、胃を通って、十二指腸まで届きます。)

 

便移植のやり方:便の準備

便移植のやり方:移植方法は3通り

Science, 2013, Vol.341, p.954の図を一部編集)

 

まず、経鼻チューブという注入方法に抵抗を示す人がいるでしょう。自分の鼻の中を他人のうんちが通過するわけですから、その気持ちは理解できます。実際、米国のアンケート調査でも「経鼻」であることに嫌悪感を示す回答がありました。

 

そこで、いくつかの医療機関では大腸内視鏡が用いられるようになりました。この場合は、鼻からではなく肛門から注入することになります(浣腸は腸全体に行き渡らないためあまり推奨されていません)。

 

大腸内視鏡を用いた場合、注入後に肛門から注入液が漏れてこないように、「片栗粉のようなものを事前に混ぜてとろみを加える」という工夫が施されることもあります。また、注入前に抗生物質を投与して患者の腸内細菌を殺菌する場合もあります。

 

このように、医療機関でもさまざま工夫がなされています。ほかにも、「誰の便を使うか?」「感染症などは大丈夫か?」などについても対策が練られています。

 

便移植に関する製薬会社の取り組み

製薬会社でも便移植に関して新たな取り組みが行われています。米国では複数のベンチャー企業が、有効な腸内細菌だけを分離し、便の臭いや色のない錠剤やカプセルを開発しています。このように「薬」という形にすれば、患者さんの心理面での負担を大きく軽減することができます。

 

このような製薬会社の動きに、「Bloomberg」という米国のビジネス誌が反応しました。投資家向けの記事の中で、“Wall Street loves feces” (ウォール街はうんちを愛している:ウォール街は米国の金融中心地)という一文で、ベンチャー企業を紹介したのです。

 

Wall Street loves feces

(参照:Bloomberg

 

このように、便移植という治療法が脚光を浴びたことで、新しい薬の開発が行われるようになりました。その影響は米国の金融市場にまで広がっているのです。

 

まとめ

  • クロストリジウム・ディフィシル感染症(CDI)には、健康は人の腸内細菌(=うんち)を移植する「便移植」が非常に有効である。
  • CDIは深刻な疾患なので、患者も「便移植」に大変期待している。
  • 便移植を受ける患者の心理的負担を軽減するため、医療機関や製薬会社はさまざまな取り組みを行っている。

 

今回は詳しく述べませんでしたが、便移植はCDIだけでなく糖尿病などの生活習慣病にも有効ではないかと期待されています。腸内環境は体全体の調子に深く関わっているため、さまざまな疾患に関与しているからです。逆にいうと、腸内環境を健全に保つことは、健康的な生活をするためにもとても重要なのです。

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